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厳先生インタビュー1

みらいのまちをつくる・ラボにてスマートシティの計画に関する研究をされている厳 網林先生。
日本における人口の都市部への集中は大きな課題となっており、持続可能性について問われるようになってきました。
そんな中、大井町はどのような街になって行く可能性があるのでしょうか。
スマートシティの今後、そして大井町の今後についてメッセージを伺いました。

インタビュアー
厳研究室所属 中山俊

持続可能な都市の為に都市ができることは何か

中山
空間情報科学を専門にする厳先生ですが、都市のどのような課題に着目し、どのようなアプローチをしようとしているのでしょうか。

厳先生
都市の持続可能性と食料・エネルギー・水について、研究を進めています。一口に都市といっても、成熟した都市、発展途上の都市、歴史のある都市、新しい都市、様々あります。しかし、どんな違いがあっても都市にたくさんの人が集まって、暮らしていることに変わりはありません。工業化以前、ごく少数の人のみが都市で交易などを行いながら暮らしを営み、彼らの生活は周辺の農村によって支えられていました。ところが、工業化以降、都市にどんどん人が集まり続けています。世界はいま56%の人が都市に住み、2030年に世界の都市化率は60%にも上ると言われています。

中山
都市化が進むことで発生する課題はたくさんありそうですが、食料・エネルギー・水の持続可能性が最も根源的な課題ということでしょうか。

厳先生
現代人は都市で働き、都市で一生を過ごします。人口の観点から言えば、都市と農村との関係は完全に逆転しているのです。しかし、都市を農村が支えるという基本的な仕組みが変わったわけではありません。工業化以前の都市は、食料・水・エネルギーといった生活に欠かせないモノを周りの広大な農村から供給することは十分に可能でした。工業化時代になり、人口から見れば都市と農村の関係が変わっていく中で、食料・水・エネルギーの持続的な供給のために効率化が図られてきました。しかし現代人にとって食料・水・エネルギーの安定供給は当たり前のことであって、その維持管理、安定供給のために、どれだけコストがかかっているか、知られていません。都市計画、建築計画、空間計画は、経済、社会、環境といった様々な指標でパフォーマンスを評価することになっていますが、根本的なところでは食料・水・エネルギーを上手に扱っているかどうかに帰結されるといっても過言ではないと思います。

中山
なるほど、暮らしやすさを求めて都市に人が集中していく一方で、都市部の暮らしやすさが危うくなりつつあるのですね。こうした問題を研究することで、都市の将来にどんな知見を提供できるようになるのでしょうか。

厳先生
都市を支える基本的なところ:食料・エネルギー・水の問題、を直視することで、これまで見過ごされてきたさまざまなことが浮き彫りになります。たとえば、使っているエネルギーはどんな発電方法で輸送や消費の効率はどうだったのか、再生可能なエネルギーによる代替可能性はあるか、水の安定供給のために水源管理や雨水の利用方法はどうなっているか、何の食料を誰がどこから調達しているか、住民の住まいと消費地との間にどんな関係があるか、などなど都市計画の質問が次々現れます。さらには、世界中の多くの人々が都市で一生を暮らしていくとしたら、都市を養うのは一体誰かという問題が問われます。もちろん、今日までの農村に頼りっぱなしの時代に戻ることはできません。やはり都市を持続可能にするなら、都市自らが問題解決の方法を見つけなければなりません。

大井町から始まる自立型都市「東京」

中山
都市生活の根本を支える食料・水・エネルギーに着目し研究を進めることで、自立型都市の形成に貢献しようということですね。では、この研究は大井町での活動とどうリンクするのでしょうか。

厳先生
大井町は山手線のすぐ外側に位置する都心エリアに位置する街です。この街は東京の工業化、近代化と共に歩み、発展してきました。1901年に大井町に鉄道が開通し、それ以来、大井町駅を中心に大都市東京の交通の要所として発展してきました。しかし、東京のほかのところで見られるような、駅と街が一体的に発展する傾向が見られません。この街そのものが工場、操車場、住宅、ビジネス街など、その時々に都心に必要な機能を供給する場所として開発され、総合的に綿密に計画して開発されたものではないからです。これは20世紀前半の都市化の典型とも言えます。大井町という街は都心の生産性を上げる業務機能(例えば操車場)が必要でしたが、それ以外の機能については、計画者の頭にありませんでした。いくつかのターニングポイントはあったとしても、自然発生的に人が集まり、そこに住み着いて、いつのまにか街ができたのです。山手線沿線外側の多くの街はこうやってできています。経済成長の時代には土地さえあれば、住宅さえあれば、人がやってくるため、さほど問題ではありませんでした。しかし、これからは少子・高齢化の時代です。東京都心とはいえ、伸びる街と衰えるまち、市民が選ぶ時代です。アイデンティティのないまちはいずれ選ばれなくなる可能性が出てきています。さきほど都市を持続可能にするなら、都市自らが問題解決の方法を見つけなければ、という話をしました。まさに大井町は21世紀、22世紀の東京という都市が抱える課題の解決にあたって、どんな機能を担うか、どんな貢献をするか、問われているのではないかと思われます。

中山
自立型大都市として東京を形成するために、都市内で果たす役割、アイデンティティの形成を大井町で見ていけそうですね。では、大井町の魅力、可能性はどのように映りますか?

厳先生
学生時代に山手線の北側、駒込や田端に何年間住んだことがあります。下町という点で似通ったところがありますね。1980年代のバブル最盛期で、日本中で経済成長はいつまでも続くと信じられていたような気がします。その後の時期は、バブルが弾けて失われた20年とか言われますが、東京は日本の首都として、世界の経済エンジンの1つとして、バブルや世界金融危機を乗り越え、2回目のオリンピックを開催できるようになりましたね。これは工業立国、貿易立国、観光立国といった、時代に応じて、国がしっかり政策を作って、行政、企業、市民がそれぞれの立場から頑張ってきた結果だと思います。中でも鉄道の果たしてきた役割は極めて大きいといえます。世界の大都市を見渡してもこれだけの都市圏全域に鉄道ネットワークが貼り巡られ、時刻表通りに運行されている街はほかにありません。

中山
大井町はこの魅力や可能性を活かしきれているのでしょうか?

厳先生
大井町は先ほど話しているように都心に近いこともあって、少なからず恩恵も受けているような気がします。大型の開発プロジェクトこそ少ないかもしれませんが、2002年にりんかい線が開通され、渋谷・新宿・さいたま方面と臨海副都心方面にも直結することになりました。2005年には東急大井町線も改造され、溝の口、長津田方面に直通運転するようになりました。普通の街ならば、鉄道新線の開通は大変大きなイベントで、街の発展にとって願ってもないきっかけになるはずです。大井町も当然その恩恵を受け、都心からのビジネス客、観光客や住宅需要がいくらか増えたと思います。しかし、街中ではさほど大きな出来事と思われていないように見受けられます。つまり、その効果や可能性が十分に認識されていないのではないのでしょうか。

中山
具体的にどんなポテンシャルがありそうですか?

厳先生
実際街で人々の行動を観察し分析すると、朝都心に出勤し、夕方に帰宅する若者が多くいることがわかります。大都市東京では、都心の至近距離に住むことは多くのメリットがあるように思われますね。そんな中、特に若者に選ばれる大井町は、自然にマーケットにあったアイデンティティをもっているのではないかと考えています。

鳥の目と虫の目で見る

中山
大井町の活動では、海外の建築家や研究者を巻き込みながらやっていますね。海外の視点から大井町はどのように見えているのでしょうか。そして彼らとの協働からどんなことが見えてきたのでしょうか。

厳先生
今年、2回ほどデザインワークショップを主催しましたが、1回目はカナダ人でアメリカ在住の建築家、JIMENEZ LAIさんによる建築デザインワークショップ、2回目はオランダ人の景観デザイナー2人、イギリス人の建築家1人、プラス私達のチームメンバーによるまちづくりデザインワークショップでした。意外にも、以前大井町に来たことある人もいましたね。高層ビルがそびえる丸の内や新宿や観光客でごった返す渋谷と違い、大井町に来ると、落ち着いた東京人の暮らし方を見ることができると言われましたね。「汚い」飲み屋街、休日を楽しむサーフィンプールやBBQテント、中央公園で遊ぶ子供…生活感のあふれる街です。これは大都市東京をサポートする機能より、この街を暮らしている人たちの生活そのものであります。つまり、大井町には鉄道ターミナル駅という表の顔と大勢の人の暮らす場という裏の顔の両方持っています。いや、実はターミナル駅というものはクローズドされた空間の中のもので、裏の顔と思うべきで、まちの表情、人の暮らしは表の顔のはずです。まちづくりとして、対外的には、表と裏を入れ換えることに、ヒントがあるのではないかと思いました。

WSの様子

中山
先生の活動は、街を歩いて丁寧に観察することをすごく大切にしているように思います。都市解析はパソコンの画面からでもできることは多くあると思いますが、現場に出て地道な活動をしているのには、どんなお考えがあるのでしょうか。

厳先生
私の研究室は地理情報、空間情報を専門にしています。それはパソコンの画面に向かってコツコツデータを作って解析しているだけと思われがちですが、間違いです。研究室のモットーはTHINK GLOBALLY、 ACT LOCALLY。都市や街を理解し、問題発見、問題解決するためには、「鳥の目」と「虫の目」の両方が必要です。「鳥の目」で地域や街を俯瞰的にみて、物事の共通性に気づき、より高い視点から理解します。「虫の目」は現場に接近し、遠くから見えないものを至近距離から観察し、独自性に気づきます。そのためにはさまざまな方向にアンテナを開き、情報を吸収、消化、再生しなければなりません。これらの観察や分析は興味本位でも構いませんが、SFC的には問題解決につながるように心がけます。そのために街を歩いたり、皆さんと話したり、文献も調べたりして、総合的にアプローチしようとしています。一方、目の前の問題にとらわれずに将来のこと、東京のこと、日本や世界の都市が直面していることを確かめながら、 進めています。

中山
「鳥の目」と「虫の目」を両立させる為に地域に拠点があることはすごく大切なことだと思うのですが、先生はこのような場所が大井町にある価値をどのように考えていますか。

厳先生
こんなわけで、大井町はどこにもあるような普通の街だと思われる方が多いようですが、私にとっては非常に貴重で大切な場だと思っています。普通だからここでの取り組みに一般性があり、ここでのやり方はどこにも使えることが言えます。もちろん、世界の街を見て同じ街は決してありません。どこの街も独自性があります。大井町の普遍性と独自性は上に話しましたが。この価値は引き出せるかどうか、これからみんなの取り組み次第だと思います。表の顔と裏の顔を逆転するように発想して、隠れているものを見えるようにするところからはじめていけばいいのではないでしょうか。これは私達の2つのワークショップを通して感じたことでもあります。街の人にとって見慣れている飲み屋街や操車場はこのまち独特な景観で、それを活かしたデザインで新しい生活空間ができるのではないかという提案が複数ありました。また商店街のアーケードも一見何の変哲もないですが、それが存在するだけでこのまちのイメージを作り上げています。すこし工夫するだけで人により強い印象を与えることができます。立会川は貴重な水路として隠され、上に緑道が作られていますが、せっかく自然資源なのだから蓋を開けて水と緑のネットワークを再生するのではないかという提案もありました。どれもすごくお金のかかることではありません。発想とやる気さえあれば実現可能であります。それはみんなが望むみらいのまちの姿なのかどうかわかりませんが、そもそも「みらいのまち」のあるべきすがたはみんながつくるものです。2回のワークショップのうち、1回目の建築ワークショップは開発予定地に大井町固有の景観を取り入れた建築、街区デザインを提案しました。2回目のまちづくりデザインワークショップは人口や気候変化に適応できる余裕都市—「THE CAPA.CITY」を提案しました。それをヒントにみんなからさまざまな発想、アイディアが生まれて、それによって「みらいのおおいまち」の姿が形成されることを期待しています。

WSの様子2

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