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宮垣元先生

みらいのまちをつくる・ラボの拠点は、大井町駅から徒歩5分のオフィスビルの7階にあります。約100坪のフロアを舞台に、コミュニティと協働推進のための空間づくりに関する研究をしているのが、宮垣元先生です。社会学の立場から、非営利組織論やコミュニティ論、社会ネットワーク論を専門とする宮垣先生が率いる「大井町コミュニティキャンパス」と「まちづくりの文法」と名付けられた2つのプロジェクトについて、伺いました。

インタビュアー
政策・メディア研究科修士課程 宮垣研究室 河野純子

コミュニティと協働推進のための空間づくりとは

河野
「コミュニティと協働推進のための空間づくりに関する研究」というのは、どのような研究でしょうか。

宮垣先生
子どもからお年寄りまで、地域に住む人も働く人も含めて、多世代・多様な人が出会い、立場を超えて学び、協働が推進される場とはどういったものかを、ハード(空間)とソフト(仕掛け)の双方からのアプローチで研究しようというものです。大井町を舞台に実証的に研究しつつ、その成果を「プロトタイプ」として、全国のコミュニティ・地域づくりにフィードバックしていくことが狙いです。

河野
地域コミュニティを再生していく重要性については広く認識され、全国でさまざまな取り組みがありますが、その活動の中心となる拠点の空間づくりに関する研究はあまりないようですね。

宮垣先生
地域づくりに関する実践は全国でなされていますが、常に課題となるのは、人と資金と場所の問題です。よくあるアプローチは、期間限定で大きな予算を策定し、人や場所を手当てする方法ですが、実際には、自治体も、地域づくりに取り組んでいるNPOなども、恒常的に潤沢な予算があるわけではないですから、一過性のもので終わってしまうことも少なくないと思います。それに対し、少ない予算ででも持続可能なやり方はあるはずです。たとえば場所に関していえば、役所の会議室や公民館、空き家、ありあわせの机や椅子など既にあるものを活かし、空間づくりの工夫で、より大きなインパクトを生み出していくことができるのではないかと考えています。

河野
ハード(空間)からのアプローチとしてはどんな計画をお持ちですか。

宮垣先生
全国に展開できるプロトタイプをつくるという目的からすれば、できるだけ低コストで、様々なニーズに対応できる可変性の高い空間をつくることが大切だと考えています。大井町のラボも、天井、床、照明、机、椅子とすべてが典型的なオフィス仕様なのですが、これらをできる限り活かしながら、地域コミュニティに資する空間づくりを進めていきたいと考えています。

河野
なかなか難易度が高そうですね。

宮垣先生
ポイントは、最初から完成形を目指さないということだと思います。使いながら考える。使い方が発見されるような空間が理想です。また様々な分野のスペシャリストにも仲間になってもらい、知恵をだしあっていきたいと考えています。

可変空間をつくる「アクティブ・マテリアル」という発想

河野
空間づくりには、SFC出身の建築家・長岡勉さんが参加されていますね。

宮垣先生
そうなんです。長岡さんはSFCの2期生で、建築・インテリアの分野で才能あふれる幅広い活動をされています。実は今回、目的にあった家具を作ってもらえないかと相談したところ、提案いただいたのが「アクティブ・マテリアル」というものでした。つまり家具ではなかった(笑)。素材以上、家具未満というコンセプトのもと、様々な組み合わせで、空間に可変性と彩を与えることができます。しかも家具より断然安い。さすがSFC出身、発想がユニークだなと。

SFC出身の長岡さん(左)と、家具デザイナーの大原温さん(右)

SFC出身の長岡さん(左)と、家具デザイナーの大原温さん(右)

河野
楽しそうですね。具体的にはどんな可変性があるのでしょうか。

宮垣先生
例えば、カラフルに塗られた一枚の板が、空間に楽しさを与えながら、機能としてはテーブルの天板になったり、パーテーションになったり、ホワイトボードになったりします。ただ、実際にどんな使われ方をしていくのかは、どんなコンテンツを実施するかにもよりますし、ワークショップなどに参加する地域の人に、いろいろな使い方を発明していってほしいですね。これもプロトタイプなので、完成形ではありません。

アクティブ・マテリアル
アクティブ・マテリアル

アクティブ・マテリアル。パーテーション(写真上)が、ちゃぶ台に(写真下)

河野
空間をのぞいてみると、大きなドームのようなものもありますね。

宮垣先生
これも長岡さんが持ち込んでくれたものです。たたむとバケツに入ってしまうぐらい小さくなりますが、空気を入れて膨らませると、7~8人が中に入れるドームになります。こんなドームの中で、じっくり語り合うと、親密性が増しそうです。人の話に皆で耳を傾けるにもいい。ほかにも1人でじっくり考える事ができる椅子や、寄りかかってリラックスできる「丘」などもありますよ。これらも何か明確な狙いがあってというものではなく、とりあえず置いてみたところどんな使い方がなされるかというところから始めています。

7~8人が入れるエアドーム

7~8人が入れるエアドーム

ソフトからのアプローチが「大井町コミュニティキャンパスプロジェクト」

河野
ソフト(仕掛け)からのアプローチについてもお聞かせください。

宮垣先生
可変性の高い空間で、大学院や学部の学生たちに、自身の研究と大井町の人の学びにつながる様々な活動をしてほしいと思っています。その受け皿として、「大井町コミュニティキャンパスプロジェクト」という枠組みを用意しました。

大井町コミュニティキャンパスプロジェクトのロゴ

大井町コミュニティキャンパスプロジェクトのロゴ

河野
ふところの大きそうな枠組みですね。

宮垣先生
そうですね。多世代・多様な人が出会い、立場を超えて学び、協働することにつながるコンテンツであれば、どんどん実施するとよいと考えています。例えば、私の研究室には、小中高の教育現場で活用できる「地域学校協働活動」の教材開発をしている大学院生がいますが、彼女は地元の子どもたちをラボに招いて、町のガイドブックをつくるというワークショップをはじめています。

河野
私も「中高年のセカンドキャリアとしての起業」について研究をしているので、大井町勤務のビジネスパーソンを対象とした「起業セミナー」を開催し、参加者にどんな変容が起こるのか実証研究してみたいと考えています。

宮垣先生
ビジネスパーソンは、なかなか地域コミュニティに参加するきっかけがないので、楽しみな取り組みですね。研究室の垣根を越えて、お年寄りの健康や、地域の防災に関するワークショップなど、幅広いプログラム(ソフト)が提供され、いろいろな出会いが生まれると面白いと思っています。大学院生などが「やりたい」と思ったテーマに、比較的容易に取り組めるにはどういう設計がよいかを考えています。

河野
「大井町コミュニティキャンパスプロジェクト」の存在を、地域の多くの方に知っていただく必要がありますね。

宮垣先生
地道に、地域でチラシを配ったり、SNSを使ったりして認知を広げていく必要がありますが、心強いのは、地元のNPO「まちづくり大井」の皆さんの存在です。大井地区の総合的な地域活性化事業を行っていて、もう10年以上の実績があります。ラボの活動に大変共感いただき、事務局長の加藤雅之さんが先頭に立ってワークショップのチラシの配布やHPでの告知など、様々なバックアップをいただいています。

大井町駅アトレに設置されたNPO「まちづくり大井」のチラシラック

大井町駅アトレに設置されたNPO「まちづくり大井」のチラシラック

気づきをメタで記録していく「まちづくりの文法」プロジェクト

河野
「まちづくりの文法プロジェクト」についてもお聞かせください。

宮垣
これは、可変性のある空間で、様々なプログラムを実施した結果、何が起こったのか、どんな気づきがあったのかを丁寧に記録し、それを積み重ねることで、場づくりのノウハウを定式化していくプロジェクトです。大井町の実践で生まれた知見をプロトタイプとし、他に応用していくための肝となる部分です。空間の使われ方、参加者のマインドセットや行動特性の変容、派生的な活動の有無などをメタで記録していきたいと考えています。

河野
具体的にはどのようにして記録していくのでしょうか。

宮垣
地域コミュニティの形成過程やワークショップの体験デザインを実践的に研究されている、東京都市大学准教授の坂倉杏介先生にも加わっていただき、検討している最中です。動画の撮影や観察、アンケート、追跡インタビューの実施など、様々な社会学的手法を採用していくことになると思いますが、新しい試みや実験的なことにも取り組んでいければよいですね。

坂倉杏介先生(左)と「まちづくりの文法」づくりに取り組む

坂倉杏介先生(左)と「まちづくりの文法」づくりに取り組む

河野
もともとはオフィスフロアだったラボの空間に、どんな人が集い、どんなコミュニティが形成されていくのか楽しみですね。

宮垣
そうですね。特にこの大井町という舞台にも意味があると思っています。大井町は都会のイメージもあるし、下町の雰囲気もある。働く人も住んでいる人もいる。そういう町が持っているバランスやエネルギーみたいなものが感じられるところです。この町で、どんなことが起こっていくのかとても興味深いですし、それをきちんと記録していくことが、全国の地域づくりにフィードバックできるナレッジにつながると考えています。

下町の雰囲気のある大井町をフィールドワーク中(?)の宮垣先生

下町の雰囲気のある大井町をフィールドワーク中(?)の宮垣先生

新しい研究フィールドを切り開いていく

河野
空間づくりに参加されている長岡勉さんは、SFCの2期生だとのことでしたが、宮垣先生は1期生でいらっしゃいますね。

宮垣
そうです。文学部を受けようと取り寄せた資料の中に、新設されるというSFCの資料が1つだけ入っていたんです。何度熟読してみても、なんだかよく分からなかったけれど、いろいろとイメージが広がって、単純にわくわくしたんですよね。

河野
実績のない新設学部に入学するというのは、勇気がいりますよね。

宮垣先生
当時、SFCを選んだ学生は全員、酔狂か、うっかりきちゃった、間違ってきちゃったという人だった気がする(笑)。でも結果的には、他では出会えなかったいろいろな分野の先生方やユニークな仲間に出会えて、とてもよかったと思います。

河野
その後、なぜNPO研究やコミュニティ論、社会ネットワーク論の研究に進まれたのでしょうか。

宮垣元先生

宮垣先生
もともと私は「自発的な社会秩序形成」に関心があるんですね。てんでばらばらの人たちが、どうやってひとつの社会秩序を形成していくのか、というプロセスに興味がある。まだ「NPO研究」という分野がなかったころからNPOに注目をして研究を始めたのも、そういう関心からです。

河野
新しい研究フィールドだったということでしょうか。

宮垣先生
SFCの大学院1年のときの1995年に阪神・淡路大震災があり、同期の仲間とともに現地をサポートする情報ボランティアのようなことをやりました。慶應の学生が、延べ100人以上、現地に入ってましたからね。この震災を機に、これからは「NPOの時代だ」ということになり、一気にNPOが広まっていった。だから、たまたまそれまで関心を持っていたことに、時代が合ってきたという感じです。

河野
そのご関心の延長線上に、このラボでの取り組みもあるのですね。

宮垣先生
そうですね。大井町という地域にてんでばらばらに存在する人や行き交う人が、どんなプロセスでつながっていき、そこから何が生まれるのか、興味深いですね。個人的にも、どんな人と出会えるのか、単純に、何人「こんにちは」とあいさつできる友達を増やせるか、楽しみにしています。

河野
そうですね。たくさんの方に、ラボに関わってほしいですね。本日はありがとうございました。

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