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みらいのまちをつくる・ラボにて、現在ホットな話題である、微生物の研究をされている鈴木治夫先生(写真右端)。目に見えないミクロな世界が、今後大井町にどの様な変化を与えてくれるのでしょうか。微生物研究の大井町にもたらす重要性と潜在的応用性、そして先生の研究についてお話しを伺いました。

インタビュアー
総合政策学部 4年 先端生命科学研究会 渡邊あおい

敵か味方か。人と微生物の共生にはまず相手を知ることがポイントとなる

渡邊
本日は鈴木先生の「みらいのまちをつくる・ラボ」での活動についてお聞きしたいと思います。まずは鈴木先生の研究分野について教えていただけますでしょうか。

鈴木先生
どうぞよろしくお願いします。私は肉眼で見えない生物である「微生物」の、体の設計図(遺伝情報の総体)である「ゲノム」について研究をしています。肉眼で観察できなければ微生物なので、細菌、カビも微生物学の研究対象となりますね。

渡邊
微生物の研究は顕微鏡を覗いて行うのでしょうか。

鈴木先生
微生物を研究する際には、顕微鏡で拡大して観察する、培養して細胞を増やす、微生物の「DNA分子」(体の設計図にある線)の並び順(「DNA配列」)を解読し、分析するといった様々な方法が使われています。私は主にその中で三つ目に当てはまる、専門用語で言い換えると「DNA配列の解析」を、バイオインフォマティクス (生物情報学)という方法を用いて行っています。

渡邊
つまりコンピュータを用いて研究を行われているのですね。鈴木先生は、微生物の研究がどの様な点で重要であるとお考えでしょうか。

鈴木先生
実は地球上にいる微生物の多くはどの様なものか今のところ分かっていません。2014年にニューヨーク地下鉄でかき集められた「DNA配列」を調査した結果、約半数はどの微生物のものか分かりませんでした(参考1)。

また、ヒトは1時間に100万個以上もの細菌を周囲に排出して生活しているといわれています(参考2)。ただ立っているだけで皮膚からポロポロ落ちたり、会話をすることで口から飛び出したり、排泄することで腸から出てきたり‥。また同時に私たちは日頃大量の空気を飲み込み(成人で1日に平均1万6千リットルと言われています)、さらに様々なものに触れることで、空気中・触れる場所の微生物を体内外に受け入れています。つまり、どの様なものかまだ全部は分からない微生物と、私たちは常に関わり合って生活しているんです(参考2)。

渡邊
分かっているだけでも、凄い量の微生物と関わり合っているのですね。

鈴木先生
そこで、安全・安心で快適に生活を送るためには、私たちが普段関わっている微生物について、どの様な特徴があり、生活を送っているのか等を理解していくことが大切ですよね。加えてその微生物がどう進化し、今の能力を得たのかについても知る必要があります。また私たちの行動で微生物の動きを変えることができるか調べることも、直接的な町の設計に役立ちます。例えば、最近新型コロナウィルスのパンデミックで電車の窓が開けられるようになりましたね。機械式の換気ではなく、窓を通した換気による微生物の移動は、微生物の多様性を増加させ(参考3)、私たちが病原菌と触れる機会を減らしてくれるという意味で、良い結果をもたらしているかもしれせん。

微生物について理解し、科学的根拠に基づいて行動することは、未来の人類のためになる

渡邊
微生物研究の大切さがよく分かりました。鈴木先生は、具体的にはどの様な研究をしていらっしゃいますか。

鈴木先生
私は、細菌が持つ遺伝子(設計図のうち次の世代に受け継がれる部分)のうち、特に薬剤に対する抵抗性に関連する遺伝子(薬剤耐性遺伝子)と、それを細菌から細菌へと運ぶ、動くDNA(プラスミド)の研究をしています。薬剤耐性遺伝子といえば、人類による抗菌薬の乱用により、このまま何の対策もとらないと、2050年には薬剤耐性菌による感染症で1千万人以上が死亡する(癌による死亡者数を超える)という報告があります(参考4)。

渡邊
一般家庭で使用される抗菌グッズ。確かに微生物にはアレルギー予防や腸内環境を整えてくれる良い微生物もいると聞いたことがあります。鈴木先生の研究活動についてもう少し詳しく教えていただけますか。

鈴木先生
具体的には、2015年より世界中の都市の微生物群集を調査する「MetaSUB国際コンソーシアム(参考5) 」というプロジェクトに参加して、公共交通機関などの人工環境から定期的に微生物試料を採取(サンプリング)しています。私は都市における建物などの「人工環境」にいつ・どこに・どのような微生物(バクテリア、プラスミド、薬剤耐性)遺伝子が存在しているのか、を明らかにすることを目的としています。最近の研究から、人工環境の微生物は、他の微生物と比べて、増えるスピードが速い可能性が示されました (参考6)。

微生物と上手く付き合っていくために。
持続可能な生活に向けて大井町で私たちができることとは。

渡邊
鈴木先生が、みらいのまちをつくる・ラボで具体的にやっていらっしゃる研究について教えてください。

鈴木先生
私は,大井町を中心とした街の人の健康を微生物観点からサポートするための研究をしています。具体的には,人の国際的な移動イベントとして、東京オリンピック・パラリンピックが予定されていますが、MetaSUBプロジェクトの一環として2016年リオデジャネイロ・オリンピック前後の微生物群集を現在解析しています。

というのも,まず感染症の増加要因として、薬剤耐性、都市化による人口集中、交通機関の発達による人の国際的な移動などが挙げられます。新型コロナウィルスも人を介して移動・交換されていると考えられていますね (参考7)。したがって、微生物の動き(どの様な経路でいつ移動しているのか等)が分かれば、将来世界的なパンデミックを予測・防止することができる様になるかもしれません。

渡邊
人や物だけではなく、それらが運ぶ微生物についても動きを見るということですね。

鈴木先生
そうですね。2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック前後の都市の微生物群集を調査しています。例えば、パンデミック前後で人の移動が変化し微生物の多様性が変化するなどの傾向や、感染症原因微生物の移動の経路と時期が推定できれば、国際的な感染症対策につながるのではないかと考えています。
またPM2.5などの化学物質と、空気中の微生物の関係性を見たり、大井町にはどの様な微生物がいるのかを調査することで、微生物の情報に基づいて、人に対して優しくメリットのある都市づくりに貢献したいと思っています。

私が想像する未来は、例えば一人一台、どの様な微生物がどれくらい空間にいるか測ることができる、「微生物センサー」を持ち歩く未来です。微生物の状態をリアルタイムに把握し、室内を自然換気するなど行動を決定する生活で、都市に住む方々の健康を長期的にサポートすることができるのではないかと考えています。

守り守られ続けたい素敵な町、大井町。
大井町に注目した理由には特別な思いが込められているのか。

渡邊
都市というと色々な場所が思い浮かびますが、大井町で研究をしようとお考えになった理由はございますか。鈴木先生から見て大井町はどの様な町でしょうか。

鈴木先生
品川区の都市は都会であり、様々な物や人が行き来します。大井町は人が多く、道路が整備されており、地下鉄、JRなど交通の便が良いことで人・物の出入りが頻繁にあります。また,大井町は人の流入が多く、幅広い世代の人が住んでいる町であると伺いました。都市の人工環境の微生物は、室内の人と屋外の土壌・植物に由来する微生物により構成され、人々の活動をうつす鏡であると言われています。このことから大井町は、都市の微生物群集の多様性とダイナミクスを調査する場所として最適です。

しかし大井町を選択した一番の理由は、町の方が微生物で都市を評価し、デザインするという考えに興味を持ち、賛同してくださったという所にあります。住んでいらっしゃる町の方の協力無しでこの研究は行えません。

 

参考文献
1 ニューヨーク地下鉄でどの様な微生物がいるのか調査した結果。
• Afshinnekoo E, Meydan C, Chowdhury S, Jaroudi D, Boyer C, Bernstein N, et al. Geospatial Resolution of Human and Bacterial Diversity with City-Scale Metagenomics. Cell Syst [Internet]. 2015 Jul 29 [cited 2018 Sep 27];1(1):72–87. Available from: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26594662
2 人工環境の微生物の総説。
• Schmidt C. Living in a microbial world. Nat Biotechnol [Internet]. 2017;35(5):401–3. Available from: http://dx.doi.org/10.1038/nbt.3868
• Gilbert JA, Stephens B. Microbiology of the built environment. Vol. 16, Nature Reviews Microbiology. Nature Publishing Group; 2018. p. 661–70.
3 部屋の換気と微生物の関係性。
• Kembel SW, Jones E, Kline J, Northcutt D, Stenson J, Womack AM, et al. Architectural design influences the diversity and structure of the built environment microbiome. ISME J [Internet]. 2012;6(8):1469–79. Available from: http://dx.doi.org/10.1038/ismej.2011.211
4 2050年、抗菌剤や抗生物質に耐性のある微生物による死亡者数は、がんによる死亡者数を超える。
• https://amr-review.org/Publications.html
5 MetaSUB国際コンソーシアム (http://metasub.org/)
6 建物における微生物の増える最高スピードは、建物の外の微生物と比べて速い可能性がある。
• Merino N, Zhang S, Tomita M, Suzuki H. Comparative genomics of Bacteria commonly identified in the built environment. BMC Genomics. 2019 Jan 28;20(1).
7 人工環境で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染を減らすガイダンス(部屋の換気などを含む)。
• Dietz L, Horve PF, Coil DA, Fretz M, Eisen JA, Van Den Wymelenberg K. 2019 Novel Coronavirus (COVID-19) Pandemic: Built Environment Considerations To Reduce Transmission. mSystems. 2020 Apr 7;5(2).

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